【日本チャンピオンを決める大会】JFFC2026の予選日程が5/4に決定!

横田陽介(Yosuke Yokota)

横田陽介は日本のフリースタイルフットボールプレイヤー。日本のフリースタイルフットボールシーンにおけるパイオニア的存在。選手としては大企業がスポンサーとして初めて開催された世界大会「RedBull Street Style」にて準優勝した。オーガナイザーとしては「Japan Freestyle Football Championship」を開催している。

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略歴

東京都国分寺市市出身。小学校~高校までサッカーに明け暮れる。ポジションはゴールキーパー。高校では地元の強豪である都立久留米高校に進学。高校時代から合間にフリースタイルフットボールを始める。卒業後からフリースタイルフットボールを本格的に開始し、2007年には当時最も有名なチーム「球舞(CUBE)」に最年少で加入しパフォーマンス活動の幅を広げた。

2008年にRedBull Street Styleの日本予選で見事優勝し初代日本チャンピオンとなる。世界大会では当時まだ他の選手がほとんど開拓できていなかったブレイクダンスを取り入れたスタイルやバク宙、そして球舞での活動でもさらに磨かれた観衆を楽しませるパフォーマンス力を武器に、他を圧倒して決勝まで駒を進める。決勝では同じく斬新なスタイルで他を圧倒したSeanとぶつかり惜しくも敗れて準優勝となった。

その後2014年のRedBull Street Style日本大会まで選手として出場。2015年からは選手ではなくオーガナイザー側となりJapan Freestyle Football Championship(日本で最もエントリー数及び歴史が長い日本大会)を開催。

選手として引退後はパフォーマンスやスクール活動、国分寺のスポーツバー「マゼラン」の運営をしている。

引用&参考:http://yy-freestyle.com/history.php

主な大会成績

RedBull Street Style Japan Final 2008 優勝
RedBull Street Style World Final 2008 準優勝

プレースタイル

ブレイクスタイルを取り入れつつもサッカーのバックボーンを意識したスタイル。正確なアッパーやプラティニなどのオリジナル技に代表されるシッティングも高いレベルを誇る。

横田陽介の功績

世界大会の準優勝

第1回RedBull Street Styleは優勝こそ逃したものの、横田陽介の世界大会での活躍はフリースタイルフットボール界隈内でも勿論大きな影響を与え、一般にもNHKで世界大会の報道がされる等反響が大きかった。背景として、日本はサッカーに関する競技で世界大会で決勝に進むということがそもそもなかったこと、フリースタイルフットボールにおいては当時から日本人選手は多く存在していたが、実際に日本のレベルが非常に高いことを証明し、日本一が限りなく世界一に近いという実感を根付かせた。単に準優勝という好成績を残したということ以上に、この功績は日本のレベルを飛躍的にアップさせる起爆剤になったといえる。

第2回大会の日本予選では当時ダークホースであった徳田耕太郎に敗れてしまい日本予選連覇は阻まれてしまったが、徳田はテレビのインタビューで「Yosukeさんに勝てたことが自分の中で革命的な自信になった」とコメントしており、日本代表は日本一だけでなく世界一を取りに行く自信と使命感を持たせている。

その後、日本人での世界大会記録は徳田耕太郎が第3回大会で優勝したことで更新されるが、2016年にKo-sukeが準優勝を記録して以降、RedBull StreetStyleにおいて決勝まで日本人は進めていない。

技・スタイル

今でこそブレイクダンスを取り入れたスタイルはよく見られるようになったが、世界でも日本でも広げたきっかけになったのは横田陽介といえる。(Seanも同様に違ったスタイル、経緯で広げているが決勝カードの2名によって大きな影響を与えた)

また、自身のアイコン的な技でありオリジナル技「プラティニ」は世界でも「Yo-suke Stall」と呼ばれ今でも色々なプレイヤーが使用している。

余談

当サイト運営者のプレイヤーネーム「Brian」は横田陽介さんから命名されたものです。

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